第4項【罪を犯す赤眼】


少女は男のことを気に入り、

一緒に街を歩きました。

 

一緒にいろいろな場所へ行ったり、

お店を見て回ったり。

ずっといじめられてばかりいた少女にとって、

それは夢のようなたのしい時間でした。

 

男は街のことや世界のことを

何も知らなかったので、

少女はひとつひとつ男に教えてあげました。

 

「わたしに優しくしてくれたの、

あなたが初めてなの。

わたし、あなたと一緒にいたい」

 

少女は、ずっと男と一緒にいたいと

思っていました。

 

すると男は、

何も言わずに少女にきれいなペンダントを

プレゼントしてくれました。

 

「昔、教わったんだ。女の子には光り物をプレゼントしろ、とな」

「…ありがとう」

 

男の人からもらった、はじめてのプレゼント。

少女はうれしくなって、

男に笑顔でお礼を言いました。

 

 

 

しかし、帰り道で少女は

いじめっ子に遭遇してしまいます。

たくさんの悪口をぶつけられて、

少女は泣き出しそうになるのを

必死にこらえました。

 

すると、突然いじめっ子の声が止まりました。

少女が不思議に思って顔をあげると、

さっきまで少女に悪口をぶつけていた

いじめっ子が地面に倒れています。

 

彼らの身体から流れる血を見て、

少女はひどくおどろきました。

そして、血に汚れたナイフを持って立ち尽くす、男の姿を見つけました。

 

男は、少女に悪口をぶつけていたいじめっ子を、一人残らずころしてしまったのです。

 

 

けれど、振り返った男の表情を見て、

少女ははっとしました。

 

男の表情は頼りなさげで、

戸惑っているようで、

不安げだったのです。

 

「今、思い出した…おれは…死神だったんだ」

 

少女はなぜだか、

男をすぐに抱き締めてあげたくなりました。

 

男がいじめっ子たちをころしてしまったと

分かっているのに、少女は男のことを

「怖い」とも

「おそろしい」とも

思わなかったのです。

 

それは、男が自分に優しくしてくれる人だと

知っているから。

男と一緒に楽しく過ごした記憶があるから。

 

けれど男は、

そんな少女の気持ちを知ることもなく、

静かに言いました。

 

「おまえは…おれと共に居るのは、危険だ…」

 

男の顔や髪は、

血に濡れて赤く染まっていました。

 

 

 

 顔や髪についた返り血を綺麗にふき取り、赤く染まったボディを外套で隠しながら、ホロウはアイビーに連れられて再びアイビーの家へと戻った。

 家へ戻るまでの間、アイビーはずっとホロウの手を握りしめて離さずにいた。それはまるで、「絶対に離れたくない」という彼女の心の内を現しているかのようだった。

 

 アイビーがクッションの上に座ったのを確認すると、ホロウは堅い床の上に座り込む。

 

「ホロウ…思い出せたの?あなたのこと…。…死神の正体があなた、って…どういう、こと?」

 

 アイビーが問いかけてくる声が聞こえる。問われている内容を一瞬で認識すると、ホロウは静かに頷いた。

 唐突に復旧した記憶メモリーの処理が追い付かず、今のホロウの処理能力は少しばかり減退している。体験した事象や行った行為などが鮮明な映像と共に次々と復旧されていき、ホロウはよみがえったメモリーを整理しながらゆっくりと口を開いた。

 

「おれは…、対人殲滅用近距離戦闘型ヒューマノイド。製造時期は、現在から三百年ほど前…。製作者は、アスタロト・スウォード。製造目的は……戦争を起こす要因となる人間を、全て排除するため……」

 

 永い眠りによって再生されることなく保存されていたメモリーの中から、固体情報を抜き出して口にする。メモリーが一部復旧された今、製作者であるアスタロトの顔や性格もデータとして克明に把握することができた。

 

 カメラアイに映るアイビーの表情が驚きに染まる。その表情から彼女の心理を推測しながら、ホロウは更に口を開いた。

 

「アスタロト・スウォードの目的は…戦争の撲滅。対話を行っても、戦争を止めようとしない人間たちに…憤怒を抱き…戦争を起こす人間を…滅ぼす、ために…おれを…製造した……。〝主″を認識させるシステムを組み込み…人間、である自分が…攻撃対象とならないように…設計し……」

「そんな……」

 

 アイビーの表情に恐怖が混じる。復旧したメモリーの処理を行いながらも、ホロウは「それも当然だろう」と分析した。

 ホロウから見ても、生みの親であるアスタロトは狂気を抱いていた。ホロウを製造する以前は普通の人間だったのだろうが、ホロウを製造した時点ではすでに狂気の中に居たのだ。

 そんな狂気を抱いていた人間の事を聞かされては、恐怖するのも無理はない。

 

「おれに…、戦争行為を行う、人間や…主に対して、敵対行動をとる、人間を……全て、殲滅させるようにプログラムした…。おれは…それらを認識すると……無条件で、殲滅に移るように、なっている…。人格プログラムの制御は、きかない…」

「制御が、きかない…って…それじゃあ…!」

 

 ひきつったアイビーの声に、ホロウはゆっくりと頷いた。

 ホロウは戦争行為をとる人間を認識したり、主に対して敵対行動をとる人間を確認すると、無条件で先程のような殺戮を行ってしまうのだ。

 

 これから先、アルムバントが他国と戦争でもしようものなら、ホロウは戦争を行う両国の兵士を皆殺しにしてしまうだろう。場合によっては、王族すらも手にかけてしまうかもしれない。

 

「どうして…どうして、そんな…」

 

 自分に初めて「味方だ」と言って優しくしてくれた存在に課せられた、狂気に満ちた〝役目″を知って、アイビーは身体の震えが止まらないようだった。

 

 アスタロトが狂気にかられてホロウに課した「戦争を行う人間の殲滅」という役目と、それを助長するプログラム。それらには、人格プログラム上のホロウの意志などは一切無い。

 ホロウ自身にすら、殲滅を止めることはできないのだ。

 

 ホロウはアイビーの心情やストレスを危惧しながらも、彼女が口にした疑問に答えようと記憶メモリーを探る。

 

「アスタロトは……戦争で、家族を失っている。ただ一人残った、娘のためにも、と…。

アスタロトの、娘…名前は……なまえ、は………」

 

 ただ一人戦禍から生き残った、アスタロトの娘の名前――それを思い出そうとホロウはメモリーを探る。該当する映像やデータを開こうとした時、強烈なノイズが走った。

 

「ぐっ……」

「ホロウ!?ど、どうしたの!?」

 

 まるで「思い出してはいけない」と戒められているかのような、強烈なノイズ。人間でいうところの「頭痛」にも似た感覚が走り、ホロウは小さく呻いた。

 アイビーが慌てて駆け寄ってきて、ホロウの頭部に手を添える。その声には、心から心配しているような色が含まれていた。

 

 やがてノイズが消えると、ホロウはアスタロトの娘に関するデータを諦めて、復旧した別のメモリーを検索し始めた。

 

「……すまない、大丈夫だ…。どうやら…アスタロトの娘に関する情報に、ロックがかかっているらしい…」

「そう…大丈夫なら、いいんだけど……」

 

 未だ心配そうな表情をするアイビーに、ホロウは大丈夫だと再度繰り返し言い聞かせた。

 その一方で復旧したメモリーを脳内で閲覧する。そして、復旧したメモリーを閲覧し終えたところで、一つの疑問が生じた。

 

(復旧したメモリーには、アスタロト・スウォードがおれの〝主″であったという記述が無かった…。主に関する情報は最優先事項の筈だが……。以前のおれの〝主″は…誰だったんだ…?)

 

「ホロウ…それで、あなたは……」

 

 再びかけられたアイビーの声に、ホロウは生じていた疑問をメモリの隅においやって彼女に顔を向けた。アイビーは不安からか心配からか、眉根を下げながら口を開く。

 

「あなたは…本当に、デストルクシオンの人間を滅ぼした…死神…なの?」

「ああ…。三百年前…おれは、アスタロトの命令で…デストルクシオンの人間を…殲滅した。

なぜ、現在までスリープモードに入っていたのかは……未だメモリーが復旧していないから、分からんが…」

「そ、そう……」

「…アイビー」

 

 徐々に声が小さくなっていき、身体を縮めるアイビーの肩に、ホロウはそっと手を添えた。

 はっと顔をあげた彼女にカメラアイを向けながら、静かに告げる。

 

「クレアシオンでは、〝死神″であるおれは大罪人だ。既におれは、3人の人間を殲滅した…。指名手配される日も、近いだろう。…そうなる前に、おれと別れることを提案する」

「え…?」

「主を守るのが、俺の役目の一つだ……だが、この状況では、クレアシオンでおれと共に居る限り…お前に安息の道は、ない。だから、おれと別れることを提案する」

 

 アイビーははじめ、何を言われたのか分からないといった表情で目を瞬かせていた。

 やがてホロウの言っていることが理解できたのか、徐々にその表情が泣きそうなものへと変わっていく。

 

「いや…いやよ…。あなたと離れるなんて…!!」

「アイビー…」

「言ったでしょう!?たとえ禁忌でも、一緒に居たいって!!お願い…!わたしには、あなたしかいないの!わたしの味方は、あなたしか!!だから…っ、もう、そんなこと…言わないで…!!」

 

 ホロウの肩に手をかけて、アイビーは必死に訴えかけてきた。片方しかない瞳には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうになっている。

 不安と驚き、悲しみに満たされたアイビーの表情を見ていると、ホロウの中にチクリと刺されるような感情が走った。それと同時に、復旧していなかったメモリーの一部が蘇る。

 

 

――いい?ホロウ、女の子を泣かせちゃダメだからね?もしも泣かせちゃった時は、やさーしく抱き締めて、背中をぽんぽん、ってしてあげるんだよ?わかった?

 

――泣きそうになっている人間には、頭を撫でてやるんじゃないのか

 

――女の子は特別なの!ホロウにとって特別な女の子にだけやってあげればいいの!

 

 それは、ホロウに「泣きそうになっている人を見たら頭を撫でてやれ」「女の子には光り物をプレゼントしろ」という教えを与えたのと同じ人物の声だった。

 だが、それが誰なのかは分からない。メモリーを呼び出そうとすると、またノイズが走りそうになるのだ。

 

 そして、ホロウはメモリーの復旧よりも主であるアイビーを優先させた。メモリーに蘇った教えに従って、自分の傍らで蹲るアイビーを優しく抱き締める。

 

「えっ…?」

 

 ホロウの握力では、思い切り強く抱き締めてしまうと人間の肉や骨を握りつぶしてしまう。だからホロウは腕の力を絞りながら、慎重にアイビーを抱き締めた。そして、悲しみに震えるアイビーの背中をぽんぽんと優しく叩く。

 

 人間からすれば何でもないような行動の一つ一つが、ホロウにとっては慎重にならざるを得ないほど難しいものだった。

 頭を撫でるときも、手を握るときも、抱き締めてやるときも、背中を叩いてやるときも、常に細心の注意を払って力を調節し、痛みを与えないように慎重に動作を行わなくてはならない。

 衝動的に抱き締めるようなことがあれば、まず間違いなく人間を圧殺してしまう。

 

 ホロウは抱き締めることでアイビーに痛みを与えていないかと危惧したが、どうやら彼女は痛みを感じていないようだった。

 それどころか安心したように身体の力を緩めて、冷たく硬質なホロウの身体に寄り掛かってくる。

 

「…昔、教わった。〝女を泣かせたら、抱き締めて背中を叩いてやれ″と…。自分にとって特別な女にだけ、そういった対応をとれ、と…」

「ホロウ…」

 

 アイビーの口から、堪え切れなかった嗚咽が漏れる。自分と出逢ってから泣いてばかりだというのに離れたくないと口にする少女を不思議に思いながらも、ホロウは彼女の哀しみを和らげようとアイビーの背中を優しく叩き続けた。

 

「…すまなかった。今後、ああいった発言はしない。お前と一緒に居ることを前提に、最善の選択を検討しよう」

「……っ、うん…。ありがとう、ホロウ……」

 

 ホロウの言葉を聞いて、アイビーは心から安心したように笑う。泣き笑いのように見えるその表情を見て、ホロウは無意識のうちに優しげに目を細めた。

 

 

 同じ頃、アルムバントでは3人の少年の遺体が発見されていた。

 目撃者の証言から、〝白銀の髪に赤い目をした男″が彼らを殺害したとして、殺人犯として指名手配される事となる。